STORY
教師のエマッドは妻ラナとともに小さな劇団に所属し、上演を間近に控えたアーサー・ミラー原作の舞台「セールスマンの死」の稽古に忙しい。思いがけないことで住む家を失った夫婦は、劇団仲間が紹介してくれたアパートに移り住むことにする。慌ただしく引っ越し作業を終え、「セールスマンの死」の初日を迎えた夜、事件が起こった。ひと足早く劇場から帰宅したラナが侵入者に襲われたのだ。この事件以来、夫婦の生活は一変した。包帯を巻いた痛々しい姿で帰宅したラナは精神的にもダメージを負い、めっきり口数が少なくなった。一方、エマッドは犯人を捕まえるために「警察に行こう」とラナを説得するが、表沙汰にしたくない彼女は頑なに拒み続ける。 立ち直れないラナと、やり場のない苛立ちを募らせるエマッドの感情はすれ違い、夫婦仲は険悪になっていった。そして犯人は前の住人だった女性と関係がある人物だと確証をつかんだエマッドは、自力で捜し出すことを決意するのだが・・・
COMMENT
役者夫婦の妻が男に襲われる。急速に近代化する都市の顔の下に、根強く残る古い価値観の壁が、その事件をきっかけに二人を引き裂いて行く。息詰まるサスペンスで、巧みに現代の病巣を包み込んだ監督の手腕は魔術のようだ。
― 赤川次郎(作家)
妻を突然襲った衝撃的な事件が、仲の良かった夫婦の間に溝をつくり、復讐に燃えた夫の前に現れたのは!! サスペンスの裏女王といわれる私にも、全く推理出来なかった、衝撃の結末!!? 是非、カップル、ご夫婦で、観て頂きたい作品です。
― 山村紅葉(女優)
現実的には起きえない出来事を、凄まじい迫真力でグイグイ引き込んでいく監督の演出力の凄さを感じさせる映画である。とても面白かった!!
― 田原総一朗(ジャーナリスト)
見えない娼婦アフー、見せられない性犯罪、ファルハディの新作は巧妙に隠された政治批判が風味を放つ、知的でテンポの速いスリラーだ。アメリカが赤狩りで揺れた時代の戯曲「セールスマンの死」と合わせ鏡のテヘランの今が秀逸。
― 原田眞人(映画監督)
復讐心をここまできめ細かく、淡々と表現したシャハブ・ホセイニさんに拍手。リメイクは不可能だと思います。それにしてもスイッチ入れたら電球割れるってうちの中東の家でもよくあったので懐かしかったです笑
― 川上洋平([Alexandros] Vocal&Guitar)
イランの若くて才気あふれる舞台役者は、アメリカの老いたセールスマンの悲哀を演じきることができるか。イランの現実の社会とアメリカの虚構の舞台のぶつけかたが、ハッとするほどスリリングである。
― 青山南(アメリカ文学者)
どうしてこんなささいな場所と人間関係だけで、観る者を汗だくにしてしまう映画が出来るんだろう。文化も生活も信じるものも大きく隔たりが在るはずなのに、アスガー・ファルハディ監督の物語はすべてを容易に飛び越えて来る。私がこの映画の登場人物だったとしても、きっと同じ落とし穴にはまり、同じように自らを失うに違いない。
― 西川美和(映画監督)
実にリアルな演技によって気がつかないうちに引き込まれていた。
日常的なドラマの中の普遍的なテーマについて、主人公と一緒に真剣に悩みました。
― ピーター・バラカン(ブロードキャスター)
急激に変化するイラン。ひと組の夫婦が、妻へのナゾの暴行事件をきっかけにスレ違っていく。
夫は自らの名誉のため犯人を追いつめ、妻は犯人を許そうとする。夫が手にしようとしたのは何だったのか?深く、静かに考えさせられる。
― 安藤優子(ジャーナリスト)
“涙腺にくる”ティーン映画、“心臓にくる”バイオレンス映画、“頭にクル”ブロックバスター映画が大量消費される中、彼の作品は“腹にくる”。家族の秘密から破綻してゆく日常、そこに潜む不穏な痛み。そのサスペンスは劇場を出てからも消化されず“腹に遺
る”。目でも心でも頭でもなく、腹に溜まり続ける。それがアスガー・ファルハディの「セールスマン」。
― 小島秀夫(ゲームクリエイター)
並走する「セールスマンの死」を省いたら、映画は単によく出来たミステリー・サスペンスであったかもしれない。でも、危険で矛盾だらけの現代イランの家庭劇が「セールスマンの死」という67年も前のドラマ世界に照射されて、深い重低音の余韻を響かせることになった。泉下のアーサー・ミラーはきっと惜しみない拍手を送ることだろう。
― 酒井洋子(翻訳家・演出家)