Introduction 解説

ムサンからソウルへ脱北した青年の憧れと孤独。そして純粋さの死。

北朝鮮から幸せを求めて韓国にやってきた青年スンチョル。しかし、大都会ソウルの現実は冷たい。「125」から始まる住民登録番号で脱北者とわかると、定職にも就けない。脱北仲間が危ない仕事に手を出す中、自分を守るようにおかっぱの髪型や服装も昔のまま、不器用にポスター貼りをする日々。孤独を癒してくれるのは、拾った白い犬だけだ。スンチョルは教会の聖歌隊で白い制服を着て歌う女性スギョンに憧れるが……。爆発寸前の鬱屈した感情、裏切り、そして衝撃的な告白。その髪を切るとき、この世界は彼を受け入れるのだろうか。

名匠イ・チャンドンに学んだ、緻密な脚本と演出力、ほとばしる新たな才能!

北から来た青年の孤独と焦燥を描き、衝撃的なエンディングで観る者を圧倒する本作は、プサン国際映画祭で初上映されるやグランプリと国際映画批評家連盟賞の2冠を獲得。日本でも大ヒットした『息もできない』を彷彿させる受賞ラッシュで世界中の注目を集めた。製作・監督・脚本・主演の1人4役を務めたのは、名匠イ・チャンドン監督の助監督を経て、本作で長編デビューした若き才能、パク・ジョンボム。「脱北者」という枠を超え、誰もが共感しうる出口のない現実の中でもがく青年の孤独を、胸にヒリヒリ迫るリアリズムで描く緻密な脚本と演出力。その新たなる才能の誕生を見逃すな!

胸をしめつける不器用な青年と白い犬ペックの絆。

本作の魅力のひとつに、おかっぱ頭のスンチョルと心通わせる白い犬ペックの存在がある。カンヌ国際映画祭パルムドッグ賞受賞の『アーティスト』の名犬アギー、同じく審査員特別賞の『ル・アーブルの靴磨き』のライカに勝るとも劣らない名演。もともと監督の飼い犬だからこその、俳優犬にはない素朴さ、飼い主を信頼しきった表情。主人公の純粋さをあらわす象徴でもあり、まさしく、この映画の重要なキャストである。

脱北し、ともに夢を追った亡き親友をモデルに。その遺言が映画をつくらせた。

タイトルの「ムサン」とは、中国との国境に接する北朝鮮の街。脱北者の多くがこの街を目指し国境を越えるといわれ、映画『クロッシング』の舞台にもなっている。主人公のモデルとなったのは、パク監督の友人で、実際にムサンからソウルへと脱北してきた青年スンチョル。監督の影響で映画製作を手伝い始め、2人はともに夢を追ったが、スンチョル氏は夢を叶える事なく若くして死去。彼の遺言が本作の製作のきっかけとなった。

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