アーカイブより

※名前後ろの★印はすでに惜しまれつつこの世を去った方々

フェルナンド・スアレス・パス

1900年ブエノスアイレス生まれ。指揮者・バイオリン奏者。「タンゴファンの90%はダリエンソのファンである」といわれるほどの人気を誇った楽団リーダー。1928年に自楽団を立ち上げ、レコーディングを開始。しかし大きな人気を得るに至らず低迷する中、1935年、演奏スタイルを一新して再登場、極端に強調されたスタカートで古典タンゴをとりあげ、タンゴ・ダンスの復活によってタンゴの第2次黄金期を牽引する役割を担う。ダリエンソの友人でもあったフランシスコ・ロイアコノ・バルキーナは「死人すら起き上がって彼の音楽に合わせて踊り始めたようだった。ダリエンソがショウを始めれば、国中が沸きかえったものさ」と語る。力強いリズムと誇張された指揮のスタイルは有名で、「リズムの王様」と呼ばれ愛された。日本でも絶大な人気を誇り、戦前から多数のレコードが発売されている。ダリエンソは1976年に亡くなったが、マエストロの死後もカルロス・ラサリ(ロス・ソリスタス・デ・ダリエンソ)、エルネスト・フランコ、ロス・レジェス・デル・コンパスなど複数の楽団がダリエンソ・スタイルを受け継ぎ演奏を続けている。

カルロス・ディ・サルリ ★

1903年バイア・ブランカ生まれ。楽団リーダー・ピアノ奏者。早くからピアノを学び、1919年にバイア・ブランカで最初のタンゴ楽団を結成、23年ブエノスアイレスに移り、1927年に自楽団を結成する。不況によって一時期活動を中断するが、1938年、新たに楽団を編成、古典タンゴを独特の鋭いスタカートと流麗なバイオリン・セクションを強調したスタイルで演奏し、「タンゴの紳士」と呼ばれた。途中何度か休養するが1960年の死の前年まで精力的に活動を続けた。特に後年のテンポのゆったりした優雅な演奏はサロン・スタイルのタンゴ・ダンス用の見本的演奏とされる。ディ・サルリは若い頃に不慮の事故で失明しており、そのサングラスが不吉だとされたためか、ディ・サルリ楽団の映像は今日まで発見されていない。ディ・サルリの死後、元メンバーによる同スタイルの楽団ロス・セニョーレス・デル・タンゴがあった他、現在でも若手によるディ・サルリ・スタイルの楽団がいくつか存在している。

オスバルド・プグリエーセ ★

1905年ブエノスアイレス生まれ。楽団リーダー・ピアノ奏者。貧しい家庭に生まれ、少年時代から職を転々としていたが、15歳の時無声映画館の楽士となる。ホセ・マルティネス、エンリケ・ポジェーの楽団を経て、ペドロ・マフィア楽団に参加、さらにロベルト・フィルポ楽団に参加した後、エルビーノ・バルダーロと共同で楽団を結成。演奏活動ではあまり大きな成果はなかったが、この頃すでに処女作の「想い出」(レクエルド)は知られていた。その後いくつかの楽団を経て1939年自己の楽団を結成、近代タンゴの祖と呼ばれるフリオ・デ・カロのスタイルを発展させた現代性にあふれたスタイルで人気を得ていく。そのスタイルの特徴は「ジュンバ」と呼ばれる1拍と3拍を誇張した独自のリズムと、同じテンポを守らずに表現に合わせて揺れ動く独自のタイム感覚にあった。新曲の練習は「1日で16小節しか進まない」と言われるほど緻密で、プグリエーセ自身の共産主義思想もあいまって、楽団全体が一つのコミュニティとして強力なパワーを持っていた。政治活動で何度か投獄された経験ももつ。ペロン政権崩壊後タンゴを取り囲む状況が厳しくなる中でもオルケスタを維持し、1995年の死去の直前まで演奏活動を行っていた。1965年、1979年、1989年と3回日本公演を行っている。ビクトル・ラバジェン、ダニエル・ビネリ、ロドルフォ・メデーロス、フアン・ホセ・モサリーニなど現代タンゴ界をリードするバンドネオン奏者にはプグリエーセ楽団出身者が多い。また現代の若手ミュージシャンの敬意も集めており、オルケスタ・ティピカ・フェルナンデス・フィエロ、オルケスタ・ラ・フルカ、オルケスタ・ティピカ・インペリアルなどプグリエーセ・スタイルを下敷きにして大編成によるタンゴ演奏を目指す若手の楽団がここ10年ほど増加している。本作出演者で元プグリエーセ楽団のエミリオ・バルカルセはこう語る「(プグリエーセ・スタイルには)参加する前から惹かれていた。すごくブエノスアイレスらしい表現方法が魅力的だった。1拍目と3拍目が強調され、その中間にさまざまなシンコペーションが入り、最後に崩れ落ちる…そんなリズムも特徴的だった。そして繊細な部分もたくさんあった。」

アニバル・トロイロ ★

1914年ブエノスアイレス生まれ。楽団リーダー・バンドネオン奏者。「ピチューコ」の愛称で知られる、タンゴ第2次黄金期の象徴的存在である。13歳でプロとしてデビュー、フアン・マグリオ・パチョ楽団、バルダーロ=プグリエーセ楽団などに参加、1937年に自己のオルケスタ・ティピカを結成、タンゴの歌に新しい時代を開いた専属歌手フィオレンティーノ、早世した天才ピアニスト、オルランド・ゴニを含むトロイロ楽団の演奏は若々しさにあふれ、ブエノスアイレスの若者たちに支持を広げていった。以後1970年代まで楽団を率い続けたが、特にメンバーと専属歌手からはその後タンゴ界をリードする素晴らしい人材が多数輩出されている。アストル・ピアソラ、ホセ・バッソ、エルネスト・バッファ、オスバルド・ベリンジェリ、レイナルド・ニチェーレ、キチョ・ディアス、ラウル・ガレーロ、フェルナンド・テルらはいずれもトロイロ楽団の出身者であり、歌手アルベルト・マリーノ、エドムンド・リベーロ、ロベルト・ゴジェネチェらも元はトロイロ楽団の専属歌手であった。また1953年から活動を始めたギター奏者ロベルト・グレラとの四重奏団は小編成のタンゴ演奏に新しいスタイルを開いたものとして評価されている。1975年、60歳で亡くなっている。

文責:西村 秀人
ピアノ バンドネオン
ギター バイオリン
歌手 アーカイブより
このページのトップヘ